在宅勤務環境における椅子の役割の変化
2020年以降、リモートワーク・在宅勤務が急速に普及した。この変化は働き方だけでなく、仕事をする「場所」そのものを大きく変えた。オフィスではある程度整備されていたデスクや椅子などの什器環境が、自宅ではそうとは限らない。ダイニングチェアやソファをそのまま作業用に流用するケースも多く見られた。
自宅で使っている既存のソファやダイニングチェアは、長時間の業務にはあまり向いていないとされている。家庭用のダイニングチェアはPC作業時の姿勢を想定していないため、長時間座ると疲れが生じやすい。在宅勤務が一時的なものであればさほど問題にはならないが、ハイブリッド勤務や完全リモートが定着しつつある現在、自宅の作業環境をどう整えるかは、業務効率だけでなく身体の健康にも関わる重要なテーマになっている。
なぜ在宅環境での椅子選びが重要なのか

オフィスでは、多くの場合、企業が業務用に選定したオフィスチェアが提供される。専任の総務部門やファシリティ担当者が、一定の基準に基づいて什器を調達しているケースが多い。しかし在宅環境では、その選定・調達を個人が行う必要がある。
在宅勤務特有の問題として、オフィスよりも姿勢が崩れやすいという点が挙げられる。周囲の目がないため姿勢への意識が薄れがちであること、作業スペースが限られているため不自然な体勢で作業してしまうこと、業務と生活の境界が曖昧になり座り続ける時間が長くなりがちであることなど、複合的な要因が重なっている。椅子に浅く座ると反り腰になり、逆に深く座りすぎると骨盤が後傾して腰椎に負荷がかかることもあるため、適切な座り方を支援する椅子の選択が在宅環境では特に重要になる。
加えて、在宅勤務では仕事中の休憩の取り方も個人の裁量に委ねられることが多い。オフィスでは昼休みの時間帯が決まっていたり、周囲の動きにあわせて休憩を取ることがあるが、在宅環境では区切りがなく作業を続けてしまいがちである。結果として座位の連続時間が長くなり、椅子への依存度がオフィス以上に高まる傾向がある。
在宅環境で椅子を選ぶ際の実務的な視点
スペースの制約と椅子のサイズ
在宅環境では、オフィスと比較して作業スペースが限られる場合が多い。大型のエグゼクティブチェアやヘッドレスト付きの大きなモデルは、性能面では優れていても、設置スペースの確保が難しいケースがある。椅子の幅・奥行き・回転時の可動範囲を事前に確認し、実際に設置する場所に合ったサイズを選ぶことが、在宅環境では特に重要になる。ローバックタイプの椅子は他の背もたれタイプと比べてサポート感では劣るものの、部屋に置いたときの圧迫感が少ないという利点がある。
また、使用しないときに別の場所に移動させたり、収納したりする必要がある場合は、重量やキャスターの取り回しも考慮すべき要素となる。
デスクとの高さの整合性
オフィスでは一般的にデスクの高さが700mm前後に統一されていることが多いが、自宅のダイニングテーブルやローテーブルでは高さがまちまちである。椅子の座面高さをデスクに合わせる必要があるため、使用するデスクの高さを事前に計測した上で、椅子の座面高さの調整範囲が合っているかを確認することが欠かせない。ワークチェアの座面高さは、足を床につけた状態で太ももが水平になる高さに調節するのが理想的とされている。
座面高さの調整範囲はモデルによって異なるため、カタログスペックの確認が重要になる。日本人の平均的な座面高の目安は380〜410mm程度とされており、使用者の体格によっては、この範囲から外れるモデルでは合わない可能性もある。お腹とデスクの間にはこぶし一つ分程度の余裕を設け、身体とデスクを平行に保つことが推奨されている。この距離感が適切でないと前のめりの姿勢になりやすく、首や肩に余分な負荷がかかる原因となる。
床材とキャスターの相性
在宅環境ではフローリングの部屋で使用するケースが多い。一般的なナイロンキャスターはフローリングを傷つける可能性があるため、ウレタン製のソフトキャスターへの交換や、チェアマットの敷設が対策として考えられる。集合住宅の場合は、キャスターの転がり音が階下への騒音になることもあるため、静音性も選定の要素に含めると良い場合がある。キャスターは後から交換可能なモデルも多いため、購入後に床材に合わせて変更するという選択肢も現実的である。
生活空間としての調和
在宅環境では、椅子は生活空間の一部に置かれることになる。オフィスでは気にならないデザインでも、自宅のインテリアと著しく調和しない場合、心理的なストレスにつながることがある。近年はリビング空間に馴染むことを意識して設計されたワークチェアも増えており、快適な座り心地と圧迫感の少ないデザインを両立した製品が充実しつつある。機能性を重視しつつも、生活空間に馴染むカラーや素材感のモデルを選ぶことは、在宅勤務を持続的に行う上で無視できない観点である。
また、在宅環境ではオフィスチェアが常に視界に入る位置に置かれることになる。仕事が終わった後もそのチェアが目に入ることで、オンとオフの切り替えがしにくいと感じる人もいるようである。こうした心理的な影響を軽減するために、折りたたみ機能や収納しやすいデザインを備えた製品も一定の需要がある。
在宅環境での椅子選びにおける注意点
在宅用としてゲーミングチェアを選択するケースが増えているが、ゲーミングチェアとオフィスチェアでは設計思想が異なる点に留意が必要である。ゲーミングチェアはリクライニングやホールド感を重視した設計が多く、長時間の前傾姿勢(デスクワーク向き)には必ずしも最適化されていない場合がある。特にバケットシート型の形状は、肩周りの動きが制限されやすく、キーボード操作を伴う作業では窮屈さを感じることもある。用途に応じた選択が望ましい。
また、オンラインショップでの購入が中心となる在宅環境では、実物を試す機会が限られる。可能であれば、返品・交換に対応するショップを選ぶか、事前にショールームで試座する機会を設けることが、ミスマッチを防ぐ有効な手段となる。背もたれの高さ、素材、サイズ感、ランバーサポート、デザインの5つのポイントを基準に検討することが推奨されている。
まとめ
在宅勤務の定着により、自宅における椅子の役割はこれまでとは大きく変わった。オフィスとは異なるスペースの制約、デスクとの整合性、床材との相性、生活空間との調和など、在宅環境特有の視点を加えた選定が求められる。椅子の選択は一見些細なことに見えるが、毎日長時間使用するものだけに、その影響は蓄積される。在宅勤務環境における椅子の役割は、単に「座るための道具」から「長時間の業務パフォーマンスと健康を支える重要な環境要素」へと変化している。自分の身体、自分の部屋、自分の働き方に合った一脚を見つけることが、快適なリモートワーク環境構築の出発点となるだろう。



